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パン業界激震

パン業界激震 「イーストフード・乳化剤不使用」表示の是非

製パン最大手の山崎製パンが、今年3月26日、自社のウェブサイト上に〈「イーストフード、乳化剤不使用」等の強調表示について〉と題したページを公開した。当初は大きな話題になることはなかったが、そのページの存在が知られるにつれ、業界がざわついている。

 どんな内容かを紹介する前に、「イーストフード」「乳化剤」について説明しておこう。これらはパン作りに使われる食品添加物である。

 イーストフードは文字通り、“イースト菌(酵母)の食べ物”で、イースト菌によるパン生地の発酵を促し、ふっくらしたパンを作るために使う。消費者庁の基準では、塩化アンモニウムや硫酸カルシウム、炭酸カルシウム、リン酸三カルシウムの他、計18種類の物質を総称してイーストフードと呼ぶことを認めている。乳化剤はパン生地の保水性を高めて柔らかさを保つために使われるもので、こちらも同様に、グリセリン脂肪酸エステルや卵黄レシチンなど25種類を総称して乳化剤と呼ぶ。

 この「イーストフード」と「乳化剤」をネットでキーワード検索すれば、「危険な毒物」だとして、これらが原材料に使われているパンは買うな、食べるなと警告を発するサイトがずらりと出てくる。一部の消費者には忌み嫌われている物質のようである。

 山崎製パンがウェブサイトで主張した骨子の一つは“イーストフードも乳化剤も危険なものではない”ということだ。

 ところが、スーパーのパン売り場を見てみると、敷島製パン(パスコ)やフジパン、神戸屋、タカキベーカリーの商品で、「イーストフード・乳化剤不使用」といった文言がパッケージで確認できた。イーストフード・乳化剤を使っていないのだから、原材料名の表示欄には当然、これらの名称は載っていないが、別のスペースでわざわざ強調して「不使用」を謳っているのである。

 前述した危険性を指摘するサイトなどでは、そうした「イーストフード・乳化剤を使用していないパン」を選ぶことが推奨されている。

 では、山崎製パンは当該ページで何を伝えようとしているのか。詳細を見てみよう。

 同社は、他の製パン会社の「イーストフード・乳化剤不使用」を謳うパンの成分を同社中央研究所で分析したところ、〈イーストフードや乳化剤と同等同質、あるいは同一の機能を有する代替物質を使用して製造された食パンや菓子パンであり、添加物表示義務は回避できますが、実際はイーストフードや乳化剤を使用して製造された食パンや菓子パンと何ら差のあるものではありません〉(山崎製パン公式ウェブサイトより)との結論に至ったという。

 同社が指摘する添加物表示義務を回避する技術とは、たとえば、イーストフードと同じ成分を含む天然物のドロマイト(炭酸カルシウムと炭酸マグネシウムを含む物質)を使い、原材料名の欄に「ドロマイト」と表示して、イーストフードの表記を避けるといった方法があるという。

乳化剤についても、製造過程において原料の脂質に脂質分解酵素を混ぜて反応させ、乳化剤の一つであるグリセリン脂肪酸エステルを生成させることで、乳化剤の表記を避けるといった「技術」があると指摘している。さらに詳細を知りたい人は、当該ページで解説されているので、そちらをご確認いただきたい。

 そのうえで山崎製パンは、他社が「同等同質、あるいは同一の機能を有する代替物質」を使っておきながら、「イーストフード・乳化剤の不使用」を強調するのは、〈安全性が国際的に公認され広く使われているイーストフードや乳化剤に何か問題があり、「不使用」強調表示がされている食パンや菓子パンが、食品安全面、健康面で、あたかも優位性がある商品のように誤認される恐れがあり、適切な表示とは言えません〉(山崎製パン公式ウェブサイトより)と訴えている。

 しかし、ライバル社であっても直接的な批判は避けがちな日本の企業風土で、今回のような他社製品の表記にクレームをつけるケースは、非常に珍しい。

 分析結果をもとに他社を批判するという、踏み込んだ対応に至った経緯について、山崎製パンに尋ねた。

「なぜ使用をやめないのか」と消費者からクレーム

「イーストフード・乳化剤不使用と表示した商品が出てきたのは20年ほど前からで、他社さんのことですし、当初は静観していました。しかし、ここ数年、不使用表示の商品が増えるとともに、日本パン公正取引協議会で実施している消費者モニターによる表示に関する検査会でも、毎回のようにイーストフードや乳化剤に関する質問が出るようになり、弊社のお客様相談室にも『体に悪いものではないのか』『なぜ使用をやめないのか』といったご意見が寄せられるようになりました。丁寧にお答えはしているのですが、これはお客様に誤認を与える表示で、業界として考えるべき課題ではないかと考えました」(同社社長室執行役員社長室長・佐藤健司氏)

 実はこの強調表示の件は、業界内では以前から問題視されていて、今年1月から業界21社が加盟する「日本パン工業会」で表示に関する議論が始まっているという。

「そうした流れの中で、弊社としての考え方を示す必要があると考え、ホームページ上で分析結果を公開しました。代替技術による製法や、原材料名の表示にイーストフードや乳化剤を入れないことを否定しているのではありません。不使用の強調表示を問題視しています。ただ、他社の方から“けんか腰ではないか”とお叱りを受け、少し反省しています(笑)」(前出・佐藤氏)

 ところで、この山崎製パンの分析や主張は正しいのだろうか。食品の安全に関する著書が多数ある科学ジャーナリストの松永和紀氏に訊いた。

「他社製品の分析ですので、そのまま鵜呑みにはできません。山崎製パンの中央研究所は研究開発力の高さに定評がありますが、できあがった製品を分析して何が入っているかを特定するのは非常に難しく、公開されている分析結果の正誤は私には判断できません。

 ただ、この分析が間違っていたら、不使用表示をしている同業他社が反論するはずです。他社の反応を見る限り、山崎製パンの分析は正しいのではないかと思います」

 そこで、実際に同業他社に確認してみた。

フジパンも「イーストフード・乳化剤は安全です」

 業界2位の敷島製パン(パスコ)は、食パンの「超熟」で、成分表示以外の場所に〈イーストフード・乳化剤は使っておりません〉と表記している。それ以外にも、公式ウェブサイトの商品紹介のページで、〈超熟のさらなるおいしさを追求するため、イーストフードと乳化剤をなくすことにチャレンジ〉と謳っている。イーストフードや乳化剤の安全性に問題はないが、“さらなるおいしさを追求するため”に使用をやめたとしている。他のほとんどの商品でイーストフードや乳化剤は使われているので、さすがに安全性に問題があるとは言っていない。

 敷島製パンに、山崎製パンの指摘は事実なのか、また、今後「不使用」表示を見直す予定はあるかを尋ねたところ、文書で「本件に関しましては、日本パン工業会で検討されている問題であり、現時点で、工業会の会員である弊社から個別に回答をいたしかねます」(同社・総務部広報室)との回答があった。

 業界3位のフジパンも、食パン「本仕込み」や「ネオバターロール」で「イーストフード・乳化剤は使用しておりません」と表示している。同様の質問をしたところ、文書で「イーストフード・乳化剤は安全な添加物です。強調表示をすることは、不使用商品が、使用している商品より安全面・健康面で優れている、また健康に良いと誤解される恐れがあると考えます」(同社マーケティング部)との回答があった。誤解が起きやすいことを認めつつ、不使用表示については「今後やめてまいります」(同前)とのこと。山崎製パンの指摘を認めたと捉えていいだろう。

 不使用表示の商品を開発し、こういう表示をした経緯について、同社は「消費者ニーズを考慮し、対応可能な商品について取組みを実施し、包装紙へわかりやすく表記しておりました」(同前)と、「消費者ニーズ」に応えたためと回答している。

 他の製パン会社からも、山崎製パンに対する反論は特に表立っては出ていない。

 前述した“食品添加物が危ない” と主張するサイトなどでは、これまでイーストフード・乳化剤不使用を理由に、「超熟」や「本仕込み」などがもてはやされ、一方で最大手の山崎製パンはサンドバッグのように叩かれていたが、実は商品そのものにそんなに差がなかったと考えられる。

 イーストフード・乳化剤がこれほど忌み嫌われていたら、表示を回避したくなる気持ちは理解できないわけではない。何の意味もないのに代替技術を開発せざるをえなかった技術者には同情さえする。

 今まで「不使用」の商品を選んで買ってきた消費者は「騙された!」と怒るかもしれない。しかし、それらのパンを食べ続けて健康被害を受けた人などいないはずである。大切なのは消費者自身が科学的根拠のない情報に惑わされず、正しい知識をベースに商品を選ぶことではないか。






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